このページは「玄舟塾殺陣教室」会報の連載「上達一口メモ」をまとめたものです。これをご覧になっている「殺陣をやってみたい!」という方の参考になれば幸いです。
<礼をしましょう>
道場に入るとき、出るときには必ず礼をしましょう!それは、先輩・仲間達・そしてその道場に対しての「御願いします」・「ありがとうございました」の気持ちの表れとなるからです。逆に、気持ちのこもらない形だけの礼は何遍やっても意味がありません。殺陣で重要なことはまず第一に「気持ちを込める」ということです。道場の出入りに気持ちをこめて礼をすると言うことは、すでにそこから殺陣の稽古が始まっていると言うことです。
日本の文化「殺陣」を学んでいる!という意識を強くもって、その基本である礼を大切にして行きましょう!
「殺陣」でもっとも重要なことは?と聞かれたら私たちは即座に「気持ち」と答えるでしょう。もちろん剣を格好良く振れるのも、構えをビシッと極めるのも大切なことではありますが、それよりももっと大事なことは「気持ちを込める」ことです。
それでは、殺陣で必要な気持ちとはどんなものでしょう?殺陣とは「闘いの場面」のことを言いますから、殺陣を演じるとは、まさに「闘い」を演じることに他なりません。ということは、殺陣で必要な気持ちとは、正に「闘う気持ち」ということになります。実際問題「生身」で闘ったことのある人などあまりいないはずですから(武道、格闘技経験者は除く)、ほとんどの人は「想像」に任せるしかありません。しかし「生身」以外の「闘い」は皆さんの身の回りにも沢山存在しているはずですから、その時の気持ちを思いだして、上手く増幅してやればよいのです。例えば「負けられないスポーツの試合に臨む時の気持ち」、「何かを人前で発表しなければならない時、逃げ出しそうな自分を奮い立たせる気持ち」などがそうです。そんな、日常の小さな「闘う気持ち」を掘り起こして、殺陣の気持ちを作り出してください。
よく、殺陣には興味があるけれど、やる側には回りたくないという人の意見に「要するに殺陣っていうのはお芝居であって、あの斬るゾ!とか斬られた〜!っていう演技(?)をするのが恥ずかしい」「木刀の振り方だけ教われば良いのだけど」というものがありますが、まったく殺陣の一面だけを見ているに過ぎない意見です。体で表現する剣の繰法は「入れ物」、「心=気持ち」は中身です。中身のない殺陣は単なる棒振りダンスです。(こう言ってはダンスに失礼ですね。気持ちのこもらないダンスなど、存在しないはずですから!)どんなに木刀をびゅんびゅんいわせても、端から見たらなにか遊んでいる風にしか見えないでしょう。逆に気持ちのこもった殺陣は、台詞など無くても、それだけで人を感動させられるものです。演劇を志す人も、そうでない体力作りが目的の人も、このことを深く理解して欲しいです。「剣の繰法と気持ち、この二つが溶け合ってこそ殺陣が成立するのだ。」ということを。