現代に殺陣を稽古する意義>

21世紀は「身体文化」の世紀とは、最近よく語られていることです。つまり、20世紀後半に表面化した様々な問題(環境破壊、青少年犯罪等)は、人が人として当然備えておかなければいけない「身体で感じる力」を失ったせいであり(「身体性の喪失」といいます)、その「力」を取り戻すために人間は、「身体を扱う文化」を再び学習しなおさなくてはいけない、という考え方です(昔のように電気も、ガスも、自動車もない世界に戻るわけにはいきませんからね)。前記の問題の原因が、「身体性の喪失」だけであるとはもちろん言い切れません。しかし世界の各地で身体性を取り戻す試みがなされているのも事実です。最近の若者達の間で「アカペラ」や「ストリートダンス(一昔前の言方?)」等、身体を使う文化が流行しているのは、時代の要請ではないかと塾長は思っています。

さあ、そこで私たちが稽古している「殺陣」の登場です。日本には世界に誇れる身体文化がきら星のように存在します(武道、舞踊、 華道、茶道 etc…)。殺陣はその中でもとても優れた文化であると信じています。なにしろ構成する人数は、時には 「一対一」、時には「一対複数」と自在に変化し、なおかつその表現の強弱は、時には荒々しく、時には驚くほど繊細なものへと移り変わります。つまり、自分と他者、自分と道具の関係(間合い)が無限といえるほど複雑に変化していくのです。このような状況は「自分と他者」(広い意味では「自分と外界」)との「コミュニケーション力」を飛躍的に高めてくれます。そしてこの「コミュニケーション力」は日常生活においても十分に応用可能なものなのです。つまり、殺陣を稽古することによってこの「コミュニケーション力」が高まれば、日常の人間関係が豊かに、円滑に送れるようになるということです。(もちろん、殺陣の稽古で得た「コミュニケーション力」を、日常生活と「リンク」し続ける努力が必要ですが)

現代の若者達は携帯などに頼りすぎる余り、生身のコミュニケーションが苦手になって来ていると言われています(少なくとも大人の世代からは)。殺陣を稽古することによって生身のコミュニケーションが上達できるとしたら、これこそが「現代に殺陣を稽古する意義」となるのではないでしょうか?

まあ、こんなに堅苦しく考える必要もないのですが、時々は思い出してみてください。きっと、殺陣の上達に役立ってくれると思います。

参考文献
斉藤孝「自然体のつくり方〜レスポンスする身体へ」(太郎次郎社)

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