最新頁に戻る目録に戻る

殺陣の上達心得

バックナンバー 1  

   [バックナンバー 2 はこちら] 


礼をしましょう

道場に入るとき、出るときには必ず礼をしましょう!それは、先輩・仲間達・そしてその道場に対しての「御願いします」・「ありがとうございました」の気持ちの表れとなるからです。逆に、気持ちのこもらない形だけの礼は何遍やっても意味がありません。殺陣で重要なことはまず第一に「気持ちを込める」ということです。道場の出入りに気持ちをこめて礼をすると言うことは、すでにそこから殺陣の稽古が始まっていると言うことです。
日本の文化「殺陣」を学んでいる!という意識を強くもって、その基本である礼を大切にして行きましょう!


気持ちを込める

「殺陣」でもっとも重要なことは?と聞かれたら私たちは即座に「気持ち」と答えるでしょう。もちろん剣を格好良く振れるのも、構えをビシッと極めるのも大切なことではありますが、それよりももっと大事なことは「気持ちを込める」ことです。

それでは、殺陣で必要な気持ちとはどんなものでしょう?殺陣とは「闘いの場面」のことを言いますから、殺陣を演じるとは、まさに「闘い」を演じることに他なりません。ということは、殺陣で必要な気持ちとは、正に「闘う気持ち」ということになります。実際問題「生身」で闘ったことのある人などあまりいないはずですから(武道、格闘技経験者は除く)、ほとんどの人は「想像」に任せるしかありません。しかし「生身」以外の「闘い」は皆さんの身の回りにも沢山存在しているはずですから、その時の気持ちを思いだして、上手く増幅してやればよいのです。例えば「負けられないスポーツの試合に臨む時の気持ち」、「何かを人前で発表しなければならない時、逃げ出しそうな自分を奮い立たせる気持ち」などがそうです。そんな、日常の小さな「闘う気持ち」を掘り起こして、殺陣の気持ちを作り出してください

よく、殺陣には興味があるけれど、やる側には回りたくないという人の意見に「要するに殺陣っていうのはお芝居であって、あの斬るゾ!とか斬られた〜!っていう演技(?)をするのが恥ずかしい」「木刀の振り方だけ教われば良いのだけど」というものがありますが、まったく殺陣の一面だけを見ているに過ぎない意見です。体で表現する剣の繰法は「入れ物」、「心=気持ち」は中身です。中身のない殺陣は単なる棒振りダンスです。(こう言ってはダンスに失礼ですね。気持ちのこもらないダンスなど、存在しないはずですから!)どんなに木刀をびゅんびゅんいわせても、端から見たらなにか遊んでいる風にしか見えないでしょう。逆に気持ちのこもった殺陣は、台詞など無くても、それだけで人を感動させられるものです。演劇を志す人も、そうでない体力作りが目的の人も、このことを深く理解して欲しいです。「剣の繰法と気持ち、この二つが溶け合ってこそ殺陣が成立するのだ。」ということを。

この頁のTOPへ戻る最新頁に戻る


鏡を味方に

私たちはよく、「自分の身体を感じながら動きなさい」というように指導させてもらっていますが、最初の頃は動くので精一杯で「感じる」ことなんかには気持ちが回らないといった方が大半かと思います。そして、ようやく少し感じ始めたと思ったら、今度は自分が感じている「感じ」と、実際の自分の姿勢、動きには、大きな隔たりがあることに気付くでしょう。例えば、自分では真っ直ぐ綺麗に立っていると感じていても、実際は傾いていたり、おかしなところで曲がっていたりする、といったようなことです。
その隔たりを埋めるのには「鏡」を見ながら稽古するのが最適です。鏡に映っている自分の姿と、自分が感覚的に感じているあり方が一致するように、地道に軌道修正をして行くのです。そうした努力を積み重ねて行けば、いずれ自分の感覚と、実際の姿勢、動作が一致するときが来るはずです

この頁のTOPへ戻る最新頁に戻る 


声を出そう!


殺陣で一番重要なものは、そう「気持ち」でしたね。「強い気持ち」・「負けない気持ち」・「闘う気持ち」が大事なのでした。ここで「声(息)」は身体の側から気持ち(心)を強くしてくれるもの、かつ強い気持ちが身体を通して外に表れたものと言えるのです。なぜなら息(呼吸)は心と身体をつなぐ役目を持っているものだからです。皆さんもとても緊張したときのことを思い出してみてください。肩が上がって、呼吸がとても浅くなっていましたね。そんなときに意識的に深呼吸を数回行うと、不思議と心が落ち着いて来ませんでしたか?そう、「呼吸が心をコントロール」したのです。ですから古来東洋の芸事(武道、舞踊等)では呼吸が上達の鍵とされてきました。
ここで殺陣における呼吸は「大きく吸って、強く、鋭く吐く」ことが基本となります。それが「闘い」にふさわしい呼吸であるからです。上達した人は声に出さずとも「ハッ」とか「フンッ」と鋭く息を吐けるものですが(「無声の気合い」といいます)初心者である皆さんは「エイッ」・「ヤーッ」で構いませんので、先ず声に出すことを心がけましょう。(
殺陣の約束で、声を掛け合うのは安全のための大原則でもあります

この頁のTOPへ戻る最新頁に戻る


現代に殺陣を稽古する意義


21世紀は「身体文化」の世紀とは、最近よく語られていることです。つまり、20世紀後半に表面化した様々な問題(環境破壊、青少年犯罪等)は、人が人として当然備えておかなければいけない「身体で感じる力」を失ったせいであり(「身体性の喪失」といいます)、その「力」を取り戻すために人間は、「身体を扱う文化」を再び学習しなおさなくてはいけない、という考え方です(昔のように電気も、ガスも、自動車もない世界に戻るわけにはいきませんからね)。前記の問題の原因が、「身体性の喪失」だけであるとはもちろん言い切れません。しかし世界の各地で身体性を取り戻す試みがなされているのも事実です。最近の若者達の間で「アカペラ」や「ストリートダンス(一昔前の言方?)」等、身体を使う文化が流行しているのは、時代の要請ではないかと塾長は思っています。

さあ、そこで私たちが稽古している「殺陣」の登場です。日本には世界に誇れる身体文化がきら星のように存在します(武道、舞踊、 華道、茶道 etc…)。殺陣はその中でもとても優れた文化であると信じています。なにしろ構成する人数は、時には 「一対一」、時には「一対複数」と自在に変化し、なおかつその表現の強弱は、時には荒々しく、時には驚くほど繊細なものへと移り変わります。つまり、自分と他者、自分と道具の関係(間合い)が無限といえるほど複雑に変化していくのです。このような状況は「自分と他者」(広い意味では「自分と外界」)との「コミュニケーション力」を飛躍的に高めてくれます。そしてこの「コミュニケーション力」は日常生活においても十分に応用可能なものなのです。つまり、殺陣を稽古することによってこの「コミュニケーション力」が高まれば、日常の人間関係が豊かに、円滑に送れるようになるということです。(もちろん、殺陣の稽古で得た「コミュニケーション力」を、日常生活と「リンク」し続ける努力が必要ですが)

現代の若者達は携帯などに頼りすぎる余り、生身のコミュニケーションが苦手になって来ていると言われています(少なくとも大人の世代からは)。殺陣を稽古することによって生身のコミュニケーションが上達できるとしたら、これこそが「現代に殺陣を稽古する意義」となるのではないでしょうか?

まあ、こんなに堅苦しく考える必要もないのですが、時々は思い出してみてください。きっと、殺陣の上達に役立ってくれると思います。

参考文献
斉藤孝「自然体のつくり方〜レスポンスする身体へ」(太郎次郎社)

この頁のTOPへ戻る最新頁に戻る


短時間活用法


新年度になり環境が変わって、今まで通りに殺陣に費やす時間が取れなくなった、という人も多いと思います。ですがどうぞ落ち込まないでください。工夫次第でいくらでも上達が出来るものです。昭和の棋聖と謳われたある将棋の名人は、晩年「私がここまで上達できたのも、戦中戦後の混乱の中でも、あきらめずに僅かの時間を利用して将棋を指してきたお陰です。」というようなことを言っていました。つまり限られた時間で必死に努力することで、時間に恵まれた人達の何十倍も「集中力と気力」が養われたというわけです。件の棋聖にはとてもかないませんが、塾長が今まで工夫してきた短時間での稽古法を、二つご紹介しますので、どうか皆さんの参考にしてください。

新聞紙素振り

文字通り丸めた新聞紙で素振りを行うというものです。ばかばかしい稽古に思われるかもしれませんが、塾長が殺陣を始めた時分に相当やり込んだ稽古です。塾長の実力の基礎を成している稽古だけに、いわゆる「秘伝」でもありますから(笑)皆さんもしっかりと稽古してください。ご存じの通り丸めた新聞紙は少し力を入れて振ると直ぐに折れてしまいます。これを折れないように振るには、かなりゆっくりとソフトに振らなければいけませんね。
この「ゆっくりとソフトに」を繰り返すことで、刀を振る「神経」が鍛えられるのです。これが出来るようになったら、次ぎに「少し早くソフトに」振るようにします。さあ、難しくなってきましたよ。とくに振った新聞紙を「止める」時が難しいですね。木刀のようにしっかりと握り込んではあっという間に手元で折れてしまいます。ですが塾長はかなりのスピードで振っても折れることはありません。何故でしょう?答えをバラすと、新聞紙を止める瞬間に掌をゆるめて、落ちてきた卵を受け取け止めるように、ふわりと新聞紙の重さを吸収するのです。これにどんな効用があるのかというと「竹光」を「真剣」のように重そうに見せることが出来るのです。「竹光」を持ったことがある人は少ないと思いますが、これが非常に軽いものなのです。ですから木刀のように力一杯握り込んでは「ビヨ〜ン」と振動してしまいます。それでは観る方としては興ざめしてしまいますね。「新聞紙素振り」はそうならないためのトレーニングとして欠かせないものなのです。(
)また、新聞紙でしたら多少家具に当たっても平気ですから(多少ですよ!あくまでも)自分の部屋で稽古するにはもってこいだと思いませんか?

初心の内は、木刀の素振りで「手の内」を鍛えるのを怠ってはいけません。「新聞紙素振り」はあくまで補助的練習と理解してください。

この頁のTOPへ戻る最新頁に戻る| 

     

イメージトレーニング

イメージトレーニングは、今では知らない人が無いくらいに広く知れ渡っていますが、特にスポーツ・武道の世界では無くてはならない稽古方法として、それぞれの種目においてかなり専門的に研究されてもいます。それほど専門的な方法でなくとも、習熟すれば「技」の向上にかなり役立つはずですし、通勤通学の電車の中や、仕事や勉強の合間のちょっとした時間でも行えるので、時間の無い現代の私達にはもってこいの稽古方法といえるでしょう。ここではごく初歩的なイメージトレーニングを紹介しますので、是非チャレンジしてみてください。

イメージトレーニングの方法

椅子にゆったりと腰掛けるか、仰向けに横になって、目をつぶります。呼吸はゆったりとした腹式呼吸(息を吸うときにお腹がふくらむ正腹式)で息は鼻から吸って、口から細く長く吐き出します。数回腹式呼吸を行って心と身体をリラックスさせてからイメージトレーニングを始めます。(トレーニングを行っている間はずっと腹式呼吸を行っているのですが、慣れない内は呼吸に気を取られて、イメージすることがおろそかになることがあります。そんなときはある程度呼吸は忘れてもよいですから、イメージすることに集中してください。)先ずは頭の中に自分の全身像を映し出してください。そう、あたかもテレビゲームのキャラクターの様にです。はっきりとイメージできたなら、そのイメージの中の自分を、あなたの思うように動かせるようにして行きましょう。先ずは片手を上げる、両手を上げる、片足を上げる、歩く、走る、止まる等の簡単な動きで十分ウォーミングアップしてください。簡単な動きができるようになったらいよいよ殺陣の動きです。先ずはその場での基本稽古、2人組の打ち込み稽古、続いては移動稽古というように進めていって、最終的には授業で行った「複数での立ち回り」にチャレンジしてみてください。どうでしょう、イメージトレーニングも一つの「技」ですから、それなりに練習が必要となります。イメージトレーニングが全く初めてという人は、最初の片手を上げたりするくだりでもなかなか上手くいかなかったのではないでしょうか?そういった人も焦ることはありませんから、地道にゆっくりとステップアップしていってください。

注意点

イメージトレーニングは脳をフル回転させる作業です。慣れない内にやりすぎると心身にかなりの疲労が蓄積されてしまいます。頭痛、身体のだるさ等の症状が出たら直ぐにトレーニングを中断して、心身の疲労が回復してから再開してください。また、就寝前に行うと神経が興奮して眠れなくなりますので、就寝前のイメージトレーニングはやめましょう。

蛇足(塾長のぼやき)

前述したように、イメージトレーニングは身体文化において必要不可欠のトレーニングといえます。それは、身体を使った「運動」そのものが、「脳」の働きを抜きには考えられないことからもお分かりでしょう。このことから鑑みて、塾長は最近のテレビゲームや映画のCG映像におけるバイオレンスシーンに非常な嫌悪感を覚えます。未だ脳の機能の確立されていない小学生の頃からゲームや映画で人を「殺傷する」場面を見続けるということの悪影響がどれ程のものかは、計り知れないと思います。要するに「人殺しのイメージトレーニング」を何千回、何万回と繰り返しているようなものなのですから。このことを、ゲーム業界の方々に限らず、教育に携わる先生方、ご家庭のお父さんお母さん方に熟考していただきたいのですが、いかがなものでしょうか?
しかし、かくいう塾長もその「人殺しの場面」を創作し、演出して、それを生業としているのですから、これは大きな矛盾です。テレビゲームや映画のバイオレンスシーンも広義の殺陣と考えるなら、やはり殺陣には青少年に与えるマイナス面があることを認めざるを得ません。しかし、「生身」で稽古する(バーチャルでない)殺陣には「人と和する力」を育んでくれる「力」があることも事実です。今は、殺陣が健全な青少年育成の一つの手段となり得るよう、迷いながらも前進し続けるしかないようです。

参考文献 
高岡英夫「スポーツ・武道のやさしい上達科学」(恵雅堂出版)
高岡英夫「武道を読む」(恵雅堂出版)

この頁のTOPへ戻る最新頁に戻る目録に戻る